10月からカスハラ対策が義務になります―職場の「5つのハラスメント」を具体例で整理
「ハラスメント対策をしなさいと言われても、そもそも何がハラスメントに当たるのか、正直よく分からない」。顧問先の経営者の方とお話ししていると、こうした本音を伺うことがよくあります。パワハラ、セクハラ、マタハラ、カスハラ。言葉だけが先に広がって、肝心の中身の理解が追いついていないというのが、多くの職場の実情だと感じています。
実は今年、大きな節目があります。令和7年に労働施策総合推進法などが改正され、この10月1日(令和8年10月1日)から、カスタマーハラスメント対策と、求職者等に対するセクシュアルハラスメント対策が、新たに事業主の義務になります。これで、事業主に防止措置が義務付けられるハラスメントは、大きく分けて5つになります。
今回は、厚生労働省のパンフレット「事業主が講ずべきハラスメント対策」をもとに、この5つのハラスメントの定義と具体的な事例を整理してみます。なお、事業主が具体的に何をしなければならないか(雇用管理上の措置)は話が長くなるので、回を改めて書くつもりです。
1.パワーハラスメント
パワーハラスメントは、労働施策総合推進法により事業主に防止措置が義務付けられています。定義は、職場において行われる、①優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるもの。この3つの要素をすべて満たすものがパワハラです。逆にいえば、客観的にみて業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導は、パワハラには当たりません。
「優越的な関係」というと上司から部下へ、を思い浮かべますが、それだけではありません。業務に必要な知識や経験が豊富で、その人の協力がなければ業務が円滑に回らない同僚や部下からの言動、同僚や部下による集団での行為も、抵抗や拒絶が難しい関係であれば「優越的な関係を背景とした言動」になり得ます。
代表的な言動は6つの類型に整理されています。殴打や足蹴りといった身体的な攻撃。人格を否定する言動や、他の労働者の面前で大声での威圧的な叱責を繰り返すといった精神的な攻撃。気に入らない労働者を仕事から外し、長期間別室に隔離するような人間関係からの切り離し。新卒者に必要な教育をしないまま到底達成できない目標を課して叱責する過大な要求。逆に、退職に追い込む目的で管理職に誰でもできる業務をさせたり、嫌がらせのために仕事を与えなかったりする過小な要求。そして、性的指向・ジェンダーアイデンティティや病歴、不妊治療といった機微な個人情報を本人の了解を得ずに暴露する個の侵害です。
一方で、遅刻など社会的ルールを欠いた言動が見られ、再三注意しても改善されない労働者に対して一定程度強く注意することや、育成のために現状より少し高いレベルの業務を任せることは、パワハラに該当しないと考えられる例として挙げられています。「部下を叱ったらパワハラ」なのではなく、あくまで3つの要素を満たすかどうかで判断する。ここが実務では一番大事なところです。
2.カスタマーハラスメント(この10月から対策義務化)
令和8年10月1日から、改正労働施策総合推進法により対策が義務付けられるのがカスタマーハラスメント、いわゆるカスハラです。定義は、職場において行われる、①顧客等の言動であって、②その雇用する労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるもの。こちらも3つの要素をすべて満たすものをいい、電話やSNSなどインターネット上で行われるものも含まれます。
「顧客等」の範囲は思いのほか広く、商品やサービスの購入者だけでなく、取引先の担当者、病院や駅などの施設の利用者とその家族、施設の近隣住民まで含まれます。今後購入や取引をする可能性のある人も対象です。
典型的な例としては、殴る蹴るなどの暴行、土下座の強要、SNSへ悪評を投稿するとほのめかして労働者を脅すこと、同じ質問や同様のメールを執拗に繰り返すこと、長時間にわたる居座りや電話での拘束、性的な要求や労働者のプライバシーに関わる要求、契約内容を著しく超えたサービスの提供や不当な損害賠償の要求などが挙げられています。
ここで注意したいのは、顧客からの苦情のすべてがカスハラになるわけではない、という点です。客観的にみて社会通念上許容される範囲で行われた申入れは、いわば正当なクレームであり、カスハラには当たりません。商品やサービスへの指摘そのものではなく、要求の中身や手段・態様が度を超えているかどうかが分かれ目になります。
3.セクシュアルハラスメント
セクシュアルハラスメントは、男女雇用機会均等法第11条により事業主に防止措置が義務付けられています。職場において行われる、労働者の意に反する性的な言動に対する労働者の対応によりその労働者が労働条件について不利益を受けたり、性的な言動により就業環境が害されたりすることをいいます。
セクハラには「対価型」と「環境型」の2つがあります。対価型は、性的な言動への拒否や抵抗を理由に不利益を受けるもの。事業主が性的な関係を要求し、拒否されたためにその労働者を解雇する、出張中の車内で上司が労働者の身体に触り、抵抗されたために不利益な配置転換をする、といった例が典型です。環境型は、性的な言動により就業環境が不快になり、仕事に看過できない支障が生じるもの。上司が労働者の腰や胸に度々触れて就業意欲が低下している、同僚が性的な内容の噂を意図的かつ継続的に流布して仕事が手につかない、といった例が挙げられています。
行為者になり得るのは上司や同僚に限りません。取引先の担当者、顧客、患者やその家族なども行為者になり得ます。また、男女とも行為者にも被害者にもなり、同性に対するものも該当します。被害を受ける人の性的指向やジェンダーアイデンティティにかかわらず、性的な言動であればセクハラに該当する点も押さえておきたいところです。
4.求職者等に対するセクシュアルハラスメント(この10月から対策義務化)
こちらも令和8年10月1日から、改正男女雇用機会均等法により対策が義務付けられます。求職活動等において行われる、事業主が雇用する労働者からの性的な言動により、求職者等の求職活動等が阻害されることをいいます。
「求職者等」には、求人に応募する求職者だけでなく、採用に資する活動に参加する学生や、教育実習・看護実習などの実習を受ける人も含まれます。「求職活動等」も、採用面接や就職説明会のほか、インターンシップへの参加、社員への訪問(いわゆるOB・OG訪問)まで幅広く対象になり、SNSなどオンラインを介したものも含まれます。
典型的な例としては、面接中に面接官から性的な事実に関する質問を受けて求職活動の意欲が低下している、インターンシップ中に社員が性的な冗談やからかいを意図的かつ継続的に行い活動が手につかない、社員への訪問の際に性的な関係を求められた、執拗に私的な食事に誘われた、といったものが挙げられています。採用する側とされる側という関係上、学生は特に断りにくい立場にあります。だからこそ、法律で事業主に対策が義務付けられることになったわけです。
5.妊娠・出産等に関するハラスメント、育児・介護休業等に関するハラスメント
いわゆるマタハラと呼ばれるものです。妊娠・出産等に関するハラスメントは男女雇用機会均等法第15条、育児・介護休業等に関するハラスメントは育児・介護休業法第25条により、事業主に防止措置が義務付けられています。職場において行われる上司・同僚からの言動により、妊娠・出産した女性労働者や、育児・介護休業等の制度を利用しようとした、または利用した男女労働者の就業環境が害されることをいいます。
型は2つあります。1つ目は「制度等の利用への嫌がらせ型」。産前休業の取得を上司に相談したら「休みを取るなら辞めてもらう」と言われた、育児休業の取得を相談したら「男のくせに育児休業を取るなんてあり得ない」と言われて取得をあきらめざるを得なくなった、短時間勤務をしていることについて「周りを考えていない。迷惑だ」と繰り返し言われている、といった例が典型です。2つ目は「状態への嫌がらせ型」で、妊娠・出産したこと自体に関する言動です。妊娠を報告したら「他の人を雇うので早めに辞めてもらうしかない」と言われた、「妊婦はいつ休むかわからないから仕事は任せられない」と繰り返し言われて仕事をさせてもらえない、といった例が挙げられています。
一方で、業務分担や安全配慮の観点から、客観的にみて業務上の必要性に基づく言動はハラスメントに該当しません。業務体制を見直すために育児休業の期間を確認することや、「次の妊婦健診はこの日を避けてもらえないか」と調整可能かを確認すること自体は問題ありません。ただし、労働者の意向を汲まない一方的な通告はハラスメントになる可能性があるので、あくまで「相談」の形であることが大切です。
ここからは、個人的な意見です
制度の説明はここまでにして、ここからは私の率直な考えを書きます。
この10月からカスハラ対策と求職者等へのセクハラ対策が義務になりますが、「法律が義務付けたから対応する」という姿勢だけでは、正直もったいないと思っています。企業はヒト・モノ・カネ・情報が揃ってはじめて発展します。そのなかで最初に来るのは、やはりヒトです。従業員が働きやすい環境を積極的に推進していくことは、法令対応である以前に、経営そのものだと私は考えています。
私が大学を卒業した昭和の頃と比べると、いまの職場環境はずいぶん「ゆるふわ」に見えるかもしれません。当時なら日常の風景だった言動が、いまはハラスメントと呼ばれる。そこに戸惑いを感じる経営者の方の気持ちも、同じ時代を過ごしてきた身として分からなくはありません。ただ、時代は確実に変わりました。企業が従業員を選別する時代から、従業員が企業を選別する時代に変わっています。人手不足のいま、より魅力的で働きやすい職場環境をつくることが、働く人から「選ばれる」ための条件になっているのです。ハラスメント対策は、そのための投資だと捉えるのが正しいのだろうと思います。
自分の職場は大丈夫か、気になったら
今回整理した定義や事例は、厚生労働省のパンフレットに詳しくまとめられていますので、社内研修の素材としても役立ちます。もっとも、実際の判断は個別の事情によって変わりますし、この10月に向けては就業規則や相談窓口の整備といった実務対応も必要になってきます。私たち社会保険労務士事務所でも、こうしたご相談はよくお受けしています。



