割増賃金の基礎となる賃金(算定基礎賃金)と最低賃金の違いについて
企業が従業員に支払う賃金には、労働基準法(労基法)によって計算方法や最低基準が定められています。中でも特に誤解されやすいのが、「割増賃金の基礎となる賃金」(算定基礎賃金)と「最低賃金の対象となる賃金」です。
これら二つの賃金基準は、どちらも労働者の賃金に関わるものですが、その計算の目的や、どの手当(諸手当)を算入(含める)し、どの手当を除外するかというルールが根本的に異なります。
この違いを正しく理解していないと、割増賃金(残業代など)の未払いが発生し、法令違反や労働者とのトラブルにつながるリスクがあります。

目次
1. 割増賃金の基礎となる賃金(算定基礎賃金)
割増賃金とは、法定労働時間を超える時間外労働、法定休日労働、深夜労働を行った場合に、通常の労働時間の賃金に上乗せして支払われる賃金(残業代)のことです。
目的と計算方法
割増賃金の基礎となる賃金は、この割増賃金を計算するための「1時間当たりの賃金額」(時給単価)を算出する基礎となる賃金です。
月給制の場合、この基礎賃金は、原則として各種手当を含めた月給を、1か月間の平均所定労働時間数で割って算出します。
算定基礎から「除外できる」賃金:限定列挙の7項目
割増賃金の基礎は、原則としてすべての賃金を含めるのが基本です。しかし、労働基準法第37条第5項および労働基準法施行規則第21条に基づき、以下の7つの項目に限り、基礎となる賃金から除外することが認められています。
この7項目が除外されるのは、これらが労働と直接的な関係が薄く、家族数や通勤距離など「個人的事情に基づいて支給されている」と考えられているためです。
除外できる賃金(限定列挙)は以下の通りです:
- 家族手当
- 通勤手当
- 別居手当
- 子女教育手当
- 住宅手当
- 臨時に支払われた賃金(例:結婚手当、見舞金など)
- 1か月を超える期間ごとに支払われる賃金(例:賞与、ボーナスなど)
この7項目は例示ではなく限定的に列挙されているため、これらに該当しない賃金はすべて算入しなければなりません。例えば、皆勤手当、職務手当、資格手当などは、通常の労務提供の対価であるため、原則として割増賃金の基礎に含める必要があります.
実質的な判断が鍵:「一律支給」は除外できない
特に注意が必要なのは、家族手当、通勤手当、住宅手当です。除外できるか否かは、単に名称によるものでなく、その「実質」によって判断されます。
- 家族手当: 扶養家族の人数やそれを基礎とする手当額を基準として算出した手当のみが除外できます。家族数に関係なく全従業員に一律に支給されるものは、除外できません。
- 通勤手当: 通勤距離または通勤に要する実際の費用に応じて算定される手当が除外できます。通勤に要した費用や距離に関係なく一律に支給されるものは、除外できません。
- 住宅手当: 住宅に要する費用に応じて算定される手当(例:家賃の一定割合、ローン月額の一定割合など)が除外できます。住宅の形態などにかかわらず一律に定額で支給されるもの(例:賃貸居住者に一律2万円、持家居住者に一律1万円)は、割増賃金の算定基礎に含める必要があります。住宅手当は、労基署の調査で「割増賃金に算入すべき賃金」であると指摘を受けやすい事項の一つです。
2. 最低賃金の対象となる賃金
最低賃金は、労働者が受け取る賃金の最低限度を定め、労働者の生活を保障することを目的としています。
対象となる賃金項目
最低賃金の対象となるのは、基本的な労働の対価として支払われる賃金です。この基準において、以下の賃金や手当は、最低賃金の計算の対象から除外されます。
最低賃金の計算から除外される賃金:
- 臨時に支払われる賃金(例:結婚手当など)
- 1か月を超える期間ごとに支払われる賃金(例:賞与など)
- 割増賃金(時間外労働、休日労働、深夜労働の割増分)
- 精皆勤手当
- 通勤手当
- 家族手当
最低賃金の対象となる賃金は、これらを除いた賃金(主に基本給や職務手当など)です。
3. 「割増賃金」と「最低賃金」の決定的な違い
両者の最も決定的な違いは、精皆勤手当や個人的事情に基づく手当(家族・通勤)の取り扱いにあります。
| 項目 | 割増賃金の基礎となる賃金(算定基礎賃金) | 最低賃金の対象となる賃金 |
|---|---|---|
| 目的 | 時間外等労働の単価を算出 | 賃金の最低基準を確保 |
| 精皆勤手当・職務手当 | 算入が必要(労働の対価) | 精皆勤手当は除外される |
| 家族手当 | 原則除外可能(実質に応じて)。一律支給は算入。 | すべて除外される |
| 通勤手当 | 原則除外可能(実費に応じて)。一律支給は算入。 | すべて除外される |
| 住宅手当 | 原則除外可能(費用に応じて)。一律支給は算入。 | 算入が必要 |
最大の違い:精皆勤手当と一律支給の手当の扱い
- 精皆勤手当/皆勤手当の扱い:
- 割増賃金(残業代)の計算では、皆勤手当は労働の対価とみなされるため、原則として基礎に含める必要があります。
- 一方、最低賃金の計算では、精皆勤手当は対象外として除外されます。
- 家族手当/通勤手当の扱い:
- 割増賃金の計算では、家族数や通勤距離に関係なく一律に支払われている手当は「労働の対価」と見なされ、基礎に算入しなければなりません。
- 一方、最低賃金の計算では、これらの個人的事情に基づく手当は、その支給方法(一律か否か)にかかわらずすべて対象から除外されます。
まとめ
このように、「割増賃金の基礎となる賃金」と「最低賃金の対象となる賃金」では、特に手当の取り扱いにおいて明確な違いがあります。
企業が割増賃金(残業代)の計算を誤り、本来算入すべき手当(例えば、一律支給の通勤手当や住宅手当)を除外していた場合、未払い残業代が発生します。これは労働基準法第37条に違反し、企業は罰則(6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金)に処せられる可能性があります。正確な賃金計算は、法令遵守(コンプライアンス)を徹底し、未払いリスクを回避するため、また、従業員との信頼関係を築き、健全な労働環境を保つために不可欠です。





